スキモノムスヒ数寄者の道に觊れお

東京・虎ノ門の喧隒から䞀歩入るず、時の流れが倉わる堎所がある。倧橋茶寮は登録有圢文化財に登録された数寄屋建築で、珟圚の裏千家道堎が建おられる前に裏千家十四代・淡々斎が東京の皜叀堎ずしお遞んだ堎所だ。十䞀月22日・23日、この堎所で開催された第四回スキモノムスヒにお招きいただいた。

スキモノムスヒは、戊埌の日本で静かに薄れ぀぀あるものを繋ぎ止めようずしおいる。戊埌、茶の湯は千家の教授システムずほが同矩になった。点前の皜叀、蚱状の取埗。これは茶を民䞻化し、倚くの人に門戞を開いた。しかし同時に、もう䞀぀の䌝統を圱に远いやった。数寄者の文化である。

数寄者ずは、矎を愛する人々のこず。明治時代、益田鈍翁のような蒐集家たちは垫匟関係ではなく、察等な立堎で集い共に矎を探求した。道具を手に取り、自由に語り合い、䜕が䞀぀の品を特別なものにするのかを論じた。目的は免状でも手続きでもない。矎そのものだった。

私も倚くの人ず同じく、点前から茶の道に入った。型を孊び、圢を远っおきた。しかし最近私をより深く匕き蟌んでいるのは、歎史ず矎ぞの探求——䜕癟幎もの時を超えお残る道具ずの盎接的な出䌚いである。そしおそれはこれらの道具を生み出した職人たちぞの敬意をも深めおくれおいる。

茶宀の柔らかな光の䞭で濃茶を点おる

二日間、六垭党おで濃茶を点おさせおいただいた。自分の道具も䜕点か持参し、他の亭䞻方の玠晎らしい名品ず共に䜿わせおいただいた。濃茶は私の熊川茶碗「谷響」で点おた——四癟幎以䞊前のものだ。李朝時代の朝鮮で生たれたこの碗には、どこか飄々ずした自信がある。端反りの口瞁ず無䜜為の矎しさが実に自然で、手に吞い付くように収たる。品があるのに党く気取りがない。

もう䞀碗、十六代暂吉巊衞門の今焌茶碗も持参した。昚幎䞉越の個展で抜遞に圓遞し手に入れるこずができたものだ。

亭䞻方——藀田矎術通の藀田枅通長、滎翠矎術通の山口昌䌞副通長、谷束屋戞田の戞田貎士氏、そしお䌚を䞻催される䞇の執淵卓氏——は、真の数寄者である。しかし私は芪しみを蟌めお「ちょい悪ブラザヌズ」ずお呌びしおいる。堅苊しくなく、ナヌモアに溢れ、この道の歓びを心から楜しんでいらっしゃる。矎術通長や道具商が、ガラスケヌスの䞭ではなく実際に䜿うために名品を持ち寄る——そんな皀有な堎が生たれる。

ここに数寄者文化の栞心がある。茶道具は䜿われおこそその真の姿を珟す。矎術通は芖芚的に品を保存する。しかし数寄者の文化は道具を生かし続ける——手に取り、茶を飲み、䜜り手が意図した通りに䜓隓するこずで。スキモノムスヒの各垭で、参加者は普段なら䜕十幎も蔵に眠っおいるかもしれない品々に觊れるこずができた。䜕癟幎もの歎史を宿す碗で茶を飲む。

これこそが倱われ぀぀あるもの。そしおスキモノムスヒのような䌚が守ろうずしおいるものだ。

倧橋茶寮——郜䌚の喧隒を離れ、時が止たる堎所ぞの道

今回の䌚のテヌマは「銭」——お金、もしくはその欠劂だった。

たず寄付埅合で迎えたのは、束平䞍昧公の文だった。「ちゃわんほしく 銭なしの拙者 やうやう郜合手に入れ埌に 䞀服差し䞊げたく埅入候」——茶碗が欲しくおたたらないが銭がない、やっず手に入れたので䞀服お出ししたい、ず。その隣には、益田鈍翁の解釈。「䞍昧公にしお劂斯 昔より銭なきものがよく買ふず聞くが、たこずによく買ひたがるずみゆ」——あの䞍昧公でさえこうだった、銭のない者ほど買いたがるずは聞いおいたが、本圓によく買いたがるものだ、ず。

䞍昧公は倧名であり、鈍翁は明治を代衚する倧実業家だった。圓時の日本でも屈指の富豪である。それでも「銭なし」ず嘆く。真の数寄者ずはそういうものなのかもしれない。いくら持っおいおも次の碗が呌んでいる。矎ぞの枇望は決しお満たされるこずがない。

本垭には藪内玹智宛おの利䌑の埡軞が掛かっおいた。「有人の圚るにたかする茶の湯より 無くおぞ出す䟘びは面癜き」——道具を持぀者がそれに任せる茶の湯よりも、持たずしお出す䟘びこそ面癜い、ず。

茶宀に集う亭䞻方。埌ろの床の間には利䌑の埡軞

䞍昧公の切ない欲望から利䌑の超越した答えぞ。真の䟘びに高䟡な道具は芁らない。テヌマが矎しく完結した。

利䌑の棗「力」——四癟幎の時を越えお残る利䌑自筆の茶噚

そしお茶宀では、利䌑の蚀葉ず盞反するような——いや、むしろ補完するような——ものに出䌚った。利䌑自身が盎曞した小棗である。「力 宗易」——劻の宗恩、通称「お力」に莈ったものだずいう。

蜆蜀匕きの朚地は芋事で、利䌑圢棗の原圢を知る䞊で極めお貎重な資料ずされおいる。お力は秀吉によっお利䌑が切腹を呜じられた埌、息子の少庵ず共に家を立お盎すために尜力した気䞈な女性ずしお知られる。

この棗の箱曞には少庵の息子である宗旊ず、裏千家十䞀代・玄々斎の筆がある。倧橋茶寮の茶宀「葵」ずの繋がりもある——「葵」は裏千家の「咄々斎」を写したもので、咄々斎ずは宗旊の号。そしおその咄々斎を建おたのが玄々斎だ。この堎所でこの棗を拝芋できたこず——䜕癟幎もの茶の歎史が䞀点に収斂するような感芚だった。

秋の奜日䌚

2025幎9月25日に裏千家東京道堎で奜日䌚が開催されたした。この日は濃茶垭を朮田掋䞀郎氏、薄茶垭を䌊藀穰䞀氏が担圓する数寄者同士の䌚ずなり、500名近いお客様がいらっしゃいたした。

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幞犏の文 A letter of Happiness

薄茶垭の床の間には、曜呂利新巊衛門の文が掛けられおいたす。私は軞の説明を受けながら、はるか昔の京の町を軜やかに抜けお行くひずりの男を想像したした。その手には䞀茪の菊。城に戻った男は、おもむろに筆を取りたす。

「秀吉殿の呜でお参りした北野倩満宮の垰りに菊を芋぀けたした。めでたき姿を「祝い星」ず名付けたしょう。先日お芋せくださった矜箒を頂けたすでしょうか。その箒で幞犏を掃きよせたく存じたす。 千利䌑殿 —曜呂利新巊衛門」

曟呂利新巊衛門「幞犏の文」 曟呂利新巊衛門「幞犏の文」

曟呂利新巊衛門は、萜語の始祖、安楜庵策䌝ず同䞀人物ずも蚀われ、秀吉ずのナニヌクな゚ピ゜ヌドを倚く残す人物。なるほど、玄400幎前に曞かれたずは思えない生呜力ず茶目っ気が䌝わっおきたす。

今しがた埅合で拝芋した矜箒は、この手玙に曞かれた幞せを掃きよせるための矜箒だったのですね。鶎の銙合には、奜日䌚での初めおのご亭䞻をされる祝いの意味も蟌められおいるのでしょう。

埅合の矜箒ず銙合 埅合の矜箒ず銙合

その矜箒は、静かに別の物語を持぀ず䌺いたした。森川劂春庵が、関東倧震灜で傷心した益田鈍翁に送ったずいう云われです。森川劂春庵は、若くしお本阿匥光悊の名怀「乙埡前」「時雚」を手に入れた匷運の持ち䞻ずしお有名な、名叀屋の茶人。床の「幞犏の文」も、圌が所持しおいたのだそう。それぞれの由来を持぀お道具の取り合わせから、今日の亭䞻が茶䌚に蟌めたメッセヌゞに思いを銳せたした。

茶の湯の䞭の犅 Zen in chanoyu

今日のご亭䞻、䌊藀さんがお芋えになりたした。お茶の先生、奥谷宗犮先生ずご䞀緒です。

奥谷宗犮先生巊ず䌊藀穰䞀さん右 奥谷宗犮先生巊ず䌊藀穰䞀さん右

今日のお菓子は銀杏逅。柔らかな求肥に包たれた走りの銀杏に舌錓を打ちながら、䌊藀さんのお話に耳を傟けたした。

銀杏逅 和久傳補 銀杏逅 和久傳補

長くアメリカで過ごされ、数幎前にお茶を始めたずいう䌊藀さん。どうしおお茶を始めたのか、たたどのようなずころに魅力を感じおいるのか、鵬雲斎宗匠ずの゚ピ゜ヌド・・千葉工業倧孊の孊長らしい、平易な蚀葉でお話しおくださいたした。

今日䌊藀さんは、お茶の䞭の「犅」を意識した取り合わせを意識されたのだそう。手玙の䞭の「祝い星」、菊をいけたのは、手玙の宛先でもあり、わび茶の祖である利䌑の花入。呚囲を圧倒する䜇たいです。

千利䌑 花入「尺八」 千利䌑 花入「尺八」

利䌑は竹ずいう粗野な玠材を茶宀に持ち蟌み、真っ黒な暂茶碗を生み出したした。この花入の迫力はそのたた、茶の湯に利䌑が䞎えた衝撃を象城しおいるように芋えたした。

䞻茶碗に遞ばれたのは、南宋時代の青磁。利䌑が敬愛した茶人、珠光が愛甚したこずから、珠光青磁ず呌ばれる茶碗です。柔らかいブルヌに、むスラムの文字を想起させる自由な線描が釉薬の䞋に斜されおいたす。

䞻茶碗 珠光青磁 䞻茶碗 珠光青磁

この茶碗が生たれた南宋時代も、そしお利䌑が掻躍した時代も、動乱を極めた時代でした。明日の呜をも知れない日々の䞭で、その埌䜕癟幎の人々を驚嘆させ続ける新たな矎が創造されたのです。

そういえば先に回った朮田掋䞀郎さんの濃茶垭でも、床の掛け軞は南宋時代のものでした。本垭には長次郎から珟代たでに続く、楜家の16代分の黒茶碗が䞊ぶずいう豪華な蚭え。ずらりず䞊んだ茶碗から、長次郎から珟代たでの茶の湯の矎意識の倉遷を感じ取るこずができるようでした。たた䜕よりも、利䌑ず長次郎が確かに新しい矎を提瀺したこず、それが犅の粟神を色濃く投圱したものものでもあったこずが、より鮮明に䌝わっお来たした。

䞀方䌊藀さんは、埅合床に西田幟倚郎の「悠遠」を掛けたした。「悠遠」ずは、はるかに遠い時間や抂念の流れを瀺す蚀葉です。西田幟倚郎は千葉工業倧孊の創立者の䞀人であり、犅の思想にもずづいた日本独自の哲孊を生み出し、それを西掋に䌝えた人物ずしお知られおいたす。圌の代衚的な思想である「玔粋経隓」は、あらゆる先入芳を排陀した状態で、物事をありのたたに経隓するこずを意味したす。

西田幟倚郎筆「悠遠」 西田幟倚郎筆「悠遠」

䌊藀さんは今、その粟神を茶の湯の䞭に芋出し䌝えおいくこずを暡玢しおいたす。千葉工業倧孊では「気づきの原則」ずいう授業を担圓。この授業はメディアラボ時代から数えお11幎間続けおいるもので、テンゞン・プリダダルシずいう僧䟶ずずもに進めおいるのだそうです。授業の䞭で孊生たちは哲孊を読んだり、瞑想や議論を通じお自己の気づきを深めおいきたす。

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テクノロゞヌ系の人の間で我々はコンピュヌタヌ・シミュレヌションの䞭に生きおいるず信じる人がいるず、䌊藀さんは教えおくれたした。そしお私たちにも問いかけたす。「目を閉じおみおください。本圓はここが、実はコンピュヌタヌの䞭の䞖界の䞭にいるず感じる方はいたすか」

䌊藀さんは利䌑の時代に䜜られた茶道具に觊れおもらい、それを䜿っおお茶を飲む機䌚を提䟛するこずによっお、私たちはシミュレヌションではなく、玔粋な経隓を知芚する力を持っおいるこずを再認識しおもらおうずしおいるのです。

その䜓珟の堎ずしお、䌊藀さんはこの春、倧孊に新しい茶宀「青灯亭」※千葉工業倧孊NEWS CITP.3を建おたした。そうした経隓はきっず、孊生が䜜る未来のテクノロゞヌに反映されおいくのでしょう。

利䌑の花入れは、数人の歊将を経た埌、日米修奜通商条玄に関わった井䌊盎匌が所持したした。そしお今、囜際的な動乱の時代にアメリカで人生のほずんどを過ごし、テクノロゞヌの最先端を担うメディアラボ所長ず千葉工業倧孊孊長を歎任する䌊藀さんがそれを所持しおいるこずは、偶然ではないように感じたす。

流暢で面癜い語り口に皆が匕き蟌たれ、茶垭の最埌には拍手が起こるほどでした。たた新たなお茶の時代が始たるのかも知れない。そんなこずを感じた、秋の䞀日ずなりたした。

䌊藀さんが鵬雲斎宗匠より頂いたずいう色玙 䌊藀さんが鵬雲斎宗匠より頂いたずいう色玙

焌きものが語る歎史 — 唐接で出䌚う茶の湯の源流

殿山窯ヌ矢野盎人さん

噚が生たれる堎所を実際に芋おみたいず、唐接の矢野盎人さんを蚪ねたした。

肥前名護屋は秀吉の朝鮮出兵のための拠点ずなった堎所。矢野さんの殿山窯は秀吉が数か月で築いたずいう名護屋城跡の近くに䜍眮し、埳川家康や䌊達政宗など、名だたる歊将の陣屋跡に囲たれおいたす。圓時、この工房から臚む小さな入江に、無数の船が䞊んだのだそうです。

陶芞家 矢野盎人さん 陶芞家 矢野盎人さん

坂を登るず、堂々ずした登り窯が出迎えおくれたした。矢野さん 登り窯は぀の郚屋でできおいお、䞀番最初の郚屋を「胎朚間どうぎた」ず呌びたす。

䞀番はじめの郚屋、胎朚間 䞀番はじめの郚屋、胎朚間

入り口䞭倮の赀いレンガ郚分から噚を入れ、薪をくべたす 入り口䞭倮の赀いレンガ郚分から噚を入れ、薪をくべたす

胎朚間の䞊に぀の郚屋がありたす 胎朚間の䞊に぀の郚屋がありたす

あらかじめ぀の郚屋すべおに噚を入れ、胎朚間から火を入れたす。胎朚間が1200-1300床になるず、次の郚屋は䜙熱で1000床くらいになりたす。次の郚屋は暪から薪をくべるこずができるようになっおいお、そこを燃やすずたた隣の郚屋に熱が移りたす。これを䞊の郚屋たで繰り返したす。

Joiさん 各郚屋には違う皮類の噚を入れるんですか

矢野さん 空気穎から酞玠をたくさん入れお焌きあげる方法を酞化焌成、空気穎をしがり、酞玠が少ない䞍完党燃焌で焌き䞊げる方法を還元焌成ず呌びたす。柔らかく黄色い赀っぜいむメヌゞの噚は酞化焌成、有田焌や青磁ずいったブルヌやグリヌンの硬い冷たいむメヌゞの噚は還元焌成なんですね。郚屋ごずに焌き方の違いを出すこずができるので、完成圢のむメヌゞを想像しながら入れる郚屋を倉えおいたす。

焌き時間も焌き物によっお倉わり、土物の備前などは、日かかりたすが、唐接のような釉薬ものは釉薬を溶けたら焌き䞊がりなので、この倧きさの窯なら䞞䞀日で完成です。

Joiさん 時間や枩床を倉えるこずで、むメヌゞに合わせた䜜品を䜜るんですね。幎に䜕回くらい火を入れるんですか

矢野さん 暑いずいうのず、湿床が焌き䞊がりに圱響するので、倏堎は避けお、だいたい幎10回くらいですね。

ではさっそく絵付けに挑戊したしょうか。

唐接焌の絵付けに挑戊

そう、この旅のもう䞀぀の目的は、Joiさん自身でお茶䌚に䜿うための数茶碗の絵付けをするこずなのです。

絵付け前の噚を矢野さんがあらかじめ準備しおくださいたした。 絵付け前の噚を矢野さんがあらかじめ準備しおくださいたした。

描く前に、鉄絵の濃さを倉えるこずで、焌き䞊がりの絵に衚情を付ける方法や、指で盎接描く方法などを教えおいただきたした。现かに描き蟌むのではなく、抜象的な衚珟にするこず、たた䜙癜を重芖しおポむントを絞っお描くず、「唐接らしさ」が出るのだそうです。

焌く前の茶碗はずおも柔らかいので、ふちを持たないように気を付けお 焌く前の茶碗はずおも柔らかいので、ふちを持たないように気を付けお

鉄絵。濃さを倉えお絵の颚合いを調敎できたす 鉄絵。濃さを倉えお絵の颚合いを調敎できたす

新聞玙で詊し曞きをしおから、たずは湯呑で緎習しおみたした。

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土が鉄絵を吞い蟌んでしたうため、新聞玙で描くようにはいかないのが難しいのだそう。

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䞀床コツを掎むず、どんどん制䜜が進みたす。本の意匠を参考にしながら、色々な絵を描きたした。

叀唐接の衚珟を参考に 叀唐接の衚珟を参考に

今回この旅をご案内くださった、犏岡「䞇」の埳淵卓さんも挑戊 今回この旅をご案内くださった、犏岡「䞇」の埳淵卓さんも挑戊

筆䜿いにも慣れおきたした 筆䜿いにも慣れおきたした

最埌のひず぀が完成 最埌のひず぀が完成

はじめおずは思えない出来栄えです はじめおずは思えない出来栄えです

そうしお12個の䜜品が出来䞊がりたした。焌きあがるず少し小さくなり、たた筆跡ふであずも倉わっお来るのだそうです。焌き䞊がりが楜しみです

唐接焌の歎史に觊れる

䜜業の埌、名護屋浊を臚むギャラリヌでお茶をいただきながら、お話を䌺いたした。

矢野さんは䜜り手であるずずもに、叀唐接を䞭心ずした陶磁噚の収集家でもありたす。

叀唐接を手にお話を䌺いたした 叀唐接を手にお話を䌺いたした

陶片の数々 陶片の数々

匕き出しには、叀い陶噚の砎片がいっぱいに詰たっおいたす。これらの砎片から、圓時の焌き方などを研究されおいるのだそう。

矢野さん 秀吉が陣を構えた1590幎代、唐接に韓囜から陶磁噚の技術が入っお来た頃です。この頃、韓囜では癜磁を焌き初めおいたんです。釉がかかった噚は、圓時の最先端技術ずいっおいいでしょう。それたでも䜍の高い人は、挆塗だったりガラス質の釉薬のものを䜿えただろうけど、庶民は土噚や朚を圫ったような、かなり原始的な噚を䜿っおいた。そこに衚面が぀る぀るで、䜕床も掗える噚が入っおきたこずは、衛生面でも倧きな進化だったず思いたす。僕たちの感芚で蚀うずころの、ガラケヌ誕生くらいのむンパクトがある出来事だったんですね。

圓時の茶人が茶䌚で䜿うこずを考えお、「こういう倧きさ、圢、絵柄が欲しい」ず韓囜から連れお来た陶工に䜜らせたした。぀たり、技術は韓囜、文化は日本、玠材は唐接で䜜った噚が日本党囜に䞀気に広たった。唐接でも初めは癜磁を焌きたかったんじゃないかな。でも唐接の土は癜磁には向かなかったので、癜磁にはならなかった。

その埌有田の方で、癜磁に適した土が取れるこずが分かっお、唐接焌は䞀気に取っお代わられ、衰退したんです。スマヌトフォンが出お来たようなものですよね。そうしたこずから、唐接焌が倧きな泚目を济びたのは、韓囜から技術が入っお、有田焌が始たるたでの、幎ず蚀われおいるんです。

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叀の茶人たちや陶工の姿を想像しながら噚を手に取るず、これたでには芋えおこなかった颚景が芋えるような気がしたす。

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「少し倧げさな蚀い方になるかも知れないけれど、空気や土や氎、そこから育぀食物など、人間が必芁な分はもう、党お䞎えられおいるんじゃないかず感じるこずがある。そうした恩恵の䞭で焌き物を䜜れるずいうこずをずおも有難く思いたす」ずいう矢野さんの蚀葉が心に残りたした。

唐接の地で、噚を通じお歎史を深く知る矢野さんの蚀葉で茶の湯の源流に觊れられたこずは、これからのJoiさんのお茶にも倧きな圱響を䞎えるこずでしょう。

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文山平昌子 写真山平敊史

桜の䞋で、はじめおの茶カブキ

花散らしの雚に挟たれた貎重な晎れ間の䞀日。今幎も花芋の野点を開催するこずができたした。

たずは満開の桜に也杯です。

柄も圢も異なる盃から、奜きなものを遞んで 柄も圢も異なる盃から、奜きなものを遞んで

この日のためにJoiさんがご準備くださった最高ランクの獺祭は、甘やかな銙りでお花芋の始たりを寿ぎたした。

駆け぀けおくださった、建築家の䞉井嶺さんずもお酒を酌み亀わしたした。

建築家 䞉井嶺さんず 建築家 䞉井嶺さんず

お茶の前にお菓子をいただきたす。今日のお菓子は、「お菓子のらめ田」さん。 地に梅、その䞊に桃、桜があしらわれたお菓子は、その名も「春のリレヌ」。リレヌで枡されたバトンは、これから八重桜、新緑ぞ、次の季節に぀ながっおいきたす。

お菓子のらめ田補「春のリレヌ」 お菓子のらめ田補「春のリレヌ」

さお、今日の趣向は茶カブキ。お茶を圓おる遊びです。 皆さん、はじめおの経隓ずのこず。 叀くは栂尟の茶を圓おる闘茶から始たり、賭け事ずしお癜熱しすぎお宀町幕府から犁止什が出たほどなのだそうです。

たずは詊しの茶ずしお、「竹田」ず「䞊林」を味わいたす。 実際には違うお茶屋さんのお茶ですが、昔からの茶屋である「竹田」「䞊林」ず呌ぶ習わしが残っおいたす。 その埌、それらふた぀ずは違うお茶「客」を含む぀の本茶を飲んで、「䞊林」「竹田」「客」を圓おるずいう遊びです。

今回は垭入りや、名乗り玙を回す手順を省き、お茶碗もお茶ごずに取り替えるなど、野点に合わせたアレンゞを加えたした。

茶カブキ甚の棗 茶カブキ甚の棗

説明はずもかく、たずは䜓隓しおみたしょう

たずは詊茶から。同じ条件でお茶を緎る必芁があるため、ご亭䞻圹の技量も問われたす。

真剣な衚情でお茶を緎るNaomiさん 真剣な衚情でお茶を緎るNaomiさん

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味や銙り、舌觊りなどの感芚を研ぎ柄たせお、蚘憶したす。

感芚を研ぎ柄たせお 感芚を研ぎ柄たせお

感芚に集䞭するず、葉っぱのざわめく音や、陜の光の枩かさ、颚が頬に圓たる感觊などが、急にはっきりず感じられるようでした。

さお、ふた぀の詊茶の埌は、いよいよ本茶です。 正客から本茶所望のお声がけがかかった頃、控えおいた執筆者が曞き始めたした。曞き方にも決たりがあるのだそう。

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そしお予め配られおいた名乗り玙の、これだっず思ったお茶の名前を切り取っお、倧折据ず呌ばれる小箱に入れお行きたす。

名乗り玙を切り取っお 名乗り玙を切り取っお

倧折据に入れお回したす 倧折据に入れお回したす

さおさお、䞀服目の皆さんの回答は  なんずJoiさんだけが「竹田」、他は「客」ず、祚が割れたした

これが吉ず出るか凶ず出るか・・。

本茶䞀服めの結果 本茶䞀服めの結果

そしお二服目は・・ 「あっ違った」ず思っおも、䞀服ごずに札を入れるため、元に戻れないのが茶カブキの難しさです。

䞉井さんも真剣な衚情 䞉井さんも真剣な衚情

党おの札を入れたら、いよいよ正解発衚です。ご亭䞻圹が、本茶の棗の内偎に曞かれた茶屋の名を執筆者に䌝えたす。

ドダッっず勢いよく棗を芋せおくれるNaomiさん ドダッっず勢いよく棗を芋せおくれるNaomiさん

なんず、本茶の䞀服目は、「竹田」。この時点で正解の可胜性はJoiさんだけずなりたした。

そしお二・䞉服目も順調に正解したJoiさん。芋事党問正解です

💡 Joiさんからの詊合埌の䞀蚀今回は正客だったので、銙りを含め最初に味わうこずができるずいうアドバンテヌゞがありたした。もしかするず日本的忖床があった可胜性は吊定できたせんが・・。どちらにしおも、初めおの茶カブキは勝敗にかかわらず、心愉しく玠晎らしい経隓でした。

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優勝者にはささやかな賞品が授䞎されたした 優勝者にはささやかな賞品が授䞎されたした

きっず茶宀の䞭よりも難しい、屋倖の茶カブキでの芋事な勝利が讃えられたした。

その埌は、代わりばんこにお点前を。 干菓子ずずもに、 のどかで矎しい春の䞀日を、思い思いに楜しみたした。

茶箱のお点前をするMikaさん 茶箱のお点前をするMikaさん

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おすすめのお菓子を持ち寄っお おすすめのお菓子を持ち寄っお

茶箱談矩にも花が咲きたした 茶箱談矩にも花が咲きたした

さお、Joiさんは䞉井さんず、䜕やら盞談しおいる様子。 もしかするず来幎には、ここに新たな茶宀ができるのかも知れたせん。

たた来幎も、皆ず䞀緒にこの桜に出䌚えたすように。そんな願いを蟌めお、今幎のお花芋は幕を閉じたした。

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写真山平敊史 文山平昌子

初釜に向けお、仲間ずずもに

千本束に囲たれた沌接倶楜郚 すぐそばに駿河湟を臚む沌接の地に、土地の人々が400幎以䞊も守り続けた千本束原がありたす。その䞀角に、倧正時代の趣味人、䞉茪善兵衛が「千人茶䌚を催したい」ず建おた茶亭が、沌接倶楜郚の玄110幎の歎史の始たりです。 束の間から富士山を臚む たっすぐに䌞びた束の間から雄倧な富士山が姿を芋せる、最高の初釜日和ずなりたした。 入り口を入るず芋えおくる長屋門は、倧正2幎に造られたもの。数寄屋意匠を甚いた草庵颚の䜇たいです。 長屋門 長屋門ずずもに有圢文化財に指定された茶亭が、今日の䌚堎。朝の光が、吹きガラスごしに柔らかく泚いでいたした。 茶亭 今日のお客さたは䌊藀さんが孊長を勀める千葉工業倧孊の職員や先生、そしお孊生さん。孊生さんはデザむン科の生埒さんが倚いようでした。氎屋では、茶道郚のメンバヌが準備を進めおいたす。 お茶垭の前に、この春倧孊に竣工予定の茶宀を蚭蚈された䞉井嶺さんずのパネルディスカッションが開催されたした。 パネルディスカッション 共同出資した沌接倶楜郚にいい茶宀があるからず、お茶を習い始めたこずが、䌊藀さんの今に぀ながっおいたす。お話はそんな゚ピ゜ヌドから始たりたした。 お匁圓をいただきながら 建築家 䞉井嶺さん 䌊藀さんが孊長を勀める千葉工業倧孊に竣工予定の茶宀は、京郜の山厎にほど近い、島本町倧阪府にある氎無瀬神宮に珟存する、埡氎尟䞊皇から䞋賜されたず䌝わる茶宀「燈心亭」をもずに蚭蚈されたした。 通垞、茶䌚ではメむンゲストである正客に向けたおもおなしを重芁芖するこずが前提ずなっおいるため、茶宀もそのような䜜りになっおいたす。しかしこの茶宀は、点前座が䞀般的な堎所から少しずれおいお、自然に党おのお客さたず向き合うこずになりたす。その䞻客のあり方が倧孊の茶宀にふさわしいず考え、この䞉畳台目の蚭蚈を採甚されたのだそうです。 たた宮家の茶宀であるこずから、千家のお点前を想定されおいたせん。そのため、裏千家を孊ぶ茶道郚が実際に䜿うず、おそらく想定通りにいかない郚分もあるのだそう。実際に䜿うこずで埗た気付きを、お点前の本質を考え盎すきっかけずもしお欲しいずのこずでした。 その埌お話は、茶宀の蚭蚈の端々に盛り蟌たれた自然ぞの畏敬、䌝統に少し手を加えるこずで新しさを蚎求しおいく「写し」の考え方、蚭蚈が人の意識に䞎える圱響などもおよびたした。特にデザむン科の孊生たちにずっおは、珟圚勉匷䞭の内容ず通じる郚分が倚かったのではないでしょうか。 最埌に䌊藀さんから、明治から戊埌の茶道の倉遷にも觊れながら、今の時代に茶道が生き残っおいくために、䜕を守り、䜕を倉えおいくべきかを倧孊ずいう立堎から考え、行動しおいきたいず締めくくられたした。 竣工埌の垭披きせきびらき、そしお2026幎の初釜に向けおの準備を進めおおり、決めるこず、やるべきこずがたくさんありたす。 特に倧孊の初釜は、たくさんのお客様をお招きする重芁なセレモニヌです。今日の茶䌚は、いわばその決起集䌚。ここに居合わせたメンバヌはみな、来幎の初釜プロゞェクトに向けた秘密結瀟のメンバヌずなりたした。 濃茶垭 濃茶垭には、千葉工業倧孊の教育方針づくりにも関わった哲孊者、西田幟倚郎の「氎到枠成すいずうきょせい」が掛けられおいたした。氎が流れ続けるず、自然に溝が出来、やがお枠を成すこずを指す蚀葉。ひいおは、蟛抱匷い孊びが道を䜜るこずを瀺しおいたす。 花入は利䌑の「尺八」を。織田信長の匟である織田有楜斎、土屋家、そしお井䌊盎匌に枡った品です。冎えわたった空気の䞭、孊びの姿勢を改めお問われおいるような、ぎりりずした床の間ずなりたした。 濃茶垭の床 ご正客を務めたのは、茶道郚顧問の神山先生。始たるたでの間に、お茶䌚が初めおずいう孊生たちに基本的な䜜法などを教えおいらっしゃいたした。 たずは、お楜しみのお菓子から。 緊匵した面持ちでお菓子を運ぶ孊生さん手前 今日のお菓子は、巌邑堂の花びら逅。柔らかいお逅にくるたれた癜味噌ず甘い牛蒡の、初釜らしい味わいが口の䞭に広がりたす。 巌邑堂「花びら逅」 お菓子を頂いおいる間に、䌊藀さんによるお点前が始たりたした。 䌊藀孊長によるお点前 䞻茶碗は、平瀬家に䌝来した珠光青磁。珠光ずは利䌑が尊敬した茶人、村田珠光のこず。内偎に、猫掻手ねこかきでず称される、猫のひっかき傷のような暡様が描かれおいたす。䞭囜では雑噚ずしお䜿われおいたものが、桃山時代の日本で珍重されたした。 珠光青磁 替茶碗は圓代暂吉巊衛門の䜜。ざらっずした手觊りず重みが心に残りたした。 十六代 暂吉巊衛門造 茶碗 高台の、平で枊巻きのような圢状が特城的です。 特城的な高台 合わせたのは、歊野玹鎎奜の黒棗。その時代の挆が、今も矎しい姿を保っおいるこずに驚きたす。 歊野玹鎎奜 黒棗 䜙䞉造 茶杓は䌊藀さん自䜜の「知足」を。孊びの途䞊にあるご自身の姿に重ねおずのこずでした。 備前の氎指を合わせお 孊生さんたちはお道具を手に取り、そのデザむンや重さ、手觊りを真剣に確かめおいらっしゃいたした。 薄茶垭 郚屋を移動しお、薄茶垭に入りたす。䞻茶碗は、鮮やかな金色のお茶碗。 珟代の䜜家、田䞭雅文さん䜜の茶碗、JEWEL"ゎヌルド"。金の艶やかさをあえお抌さえたマットな質感が、豪華でありながらも萜ち着いた䜇たいを醞し出しおいたす。 圩泥四重茶碗 銘JEWEL"ゎヌルド" ç”°äž­é›…æ–‡ 替茶碗は倧䞊裕暹さん䜜。旅茶盌なので小ぶりですが、金属が波打぀ような様がダむナミックな䞖界芳を衚珟しおいたす。 䞹波プラチナ圩 旅茶盌 倧䞊裕暹 千家の初釜では、金ず銀の「嶋台」ず呌ばれるお茶碗が䜿われるそうです。その取り合わせを珟代䜜家の䜜品で衚珟したのでしょうか。 薄茶垭は時折笑いも生たれる、和やかな時間ずなりたした。 和やかな薄茶垭 束葉蒔絵の倧棗は、その梚地の粟巧さに「どう䜜っおいるんだろう」ず話題に。 五代 川端近䜐 束葉蒔絵 倧棗 皆で道具を囲んで お茶碗の芋方や取り合わせの考え方などを、先生方が孊生さんたちに優しく教えおいらっしゃいたした。 茶宀芋孊 最埌に、今日は䜿わなかった茶宀を芋孊したした。京郜から移蚭されたずいう䞉畳台目の茶宀は、党くの偶然に、倧孊の茶宀ずそっくりな蚭蚈。点前座がお客様の真ん䞭にある䜜りです。

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東京タワヌを臚む、乙巳の初釜

お迎えの準備

お客様をお迎えする準備を進める䌊藀さん。花をいれ、炭を敎えたす。床にかけられた花入の、息を飲むような迫力に思わずご由緒をお尋ねするず、織田有楜斎が所持し、その埌井䌊家に枡った利䌑尺八ずのこず。箱曞には、小堀遠州の特城的な定家様の文字がありたした。

生半可な芚悟では近寄れないような、それでいおどこか倧きく暖かい䜇たいが、利䌑の人ずなりを想像させたした。幕末に諞倖囜ず枡り合っお開囜を掚し進め、茶を心の修緎の堎ずしお向き合った井䌊盎匌が所持したずいう由緒も、䌊藀さんの人物像ずの重なりを感じたす。

利䌑尺八 利䌑尺八

今日のために準備したのは芋事な雲韍梅ずあけがの。角床や長さを䜕床も詊行錯誀し、今日の花を完成させたした。

䜕床も入れ盎しお 䜕床も入れ盎しお

たっぷりず氎を打ちたした たっぷりず氎を打ちたした

炭を぀ぎたす 炭を぀ぎたす

今日のお軞は「四海䞀家兄匟党」から始たる宗旊の曞簡の詊筆でした。末行は「幎はじめ䞇花発する頃」ず締められおいたす。

埅合に芋立おた広瞁の床には柳を。

そうしおお客さたをお迎えする準備が敎いたした。

準備が敎ったお茶宀 準備が敎ったお茶宀

濃茶垭

晎れ着に身を包んだお客様が、埅合から次々に茶宀に入られるず、新しい茶宀が䞀局華やぎたした。

お客さたをお迎えしお お客さたをお迎えしお

厳かな気配の䞭で、濃茶のお点前が始たりたした。

緊匵した面持ちで 緊匵した面持ちで

正客のお茶碗は近代の倧阪の茶人である平瀬露銙が所持した珠光青磁南宋時代のもの。雑噚ずしお䜜られたものずいう説明通り、倧ぶりで頑䞈な手取り。倧陞の職人の、気取らない倧胆な手技が䌝わっお来たす。

珠光青磁茶碗 珠光青磁茶碗

替茶碗は、十六代暂吉巊衛門の今焌。若い圓代の、噚にかける情熱を、いや呜の䞀郚を焌き付けたのではないかずさえ感じさせる、燃えさかるような重さが忘れられたせん。

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暂吉巊衛門 今焌 暂吉巊衛門 今焌

掌にしっくりず収たる黒棗は、歊野玹鎎が奜みで䜜らせた塗垫のひずりである䜙䞉の䜜。溝口家䌝来ずあり、おそらく溝口秀勝の溝口家ず掚枬されるそうです。金襎・緞子・間道の぀の仕芆が、幟人もの持ち䞻の手に枡ったこずを瀺しおいたす。

䜙䞉䜜 黒棗 䜙䞉䜜 黒棗

釜は叀倩明だ぀た桃山時代。UFOのような圢が気に入っおいるそうです 釜は叀倩明だ぀た桃山時代。UFOのような圢が気に入っおいるそうです

合わせたお菓子は、この垭のために今朝、女将自ら京郜からお持ちくださった、玫野和久傳の葛焌き「已己巳己いこみき」。この䞍思議な蚀葉は、互いに䌌おいるものを䟋えた蚀葉なのだそうです。

玫野和久傳 葛焌「已己巳己いこみき」 玫野和久傳 葛焌「已己巳己いこみき」

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お出しする盎前に枩めなおした葛に包たれお、蕗の力匷い息吹が薫りたす。ずろりず喉に流れ蟌んだ甘みのある濃茶が、その息吹にぎったりず呌応するようでした。

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薄茶垭

薄茶垭のお道具組は、先ほどず打っお倉わっお軜やかな取り合わせずなりたした。真葛焌 氞誉銙斎の日出波絵茶碗は、お正月にふさわしい晎れやかさです。

氞誉銙斎 日出波絵茶碗 氞誉銙斎 日出波絵茶碗

替茶碗は、むラストレヌタヌで挆絵䜜家の゜ノダナオミの䜜。「東京版の掛䞭掛倖図」ず名付けられた茶碗には珟代の東京の街が描かれ、その䞭心には東京タワヌがそびえ立っおいたす。

゜ノダナオミ「東京掛䞭掛倖図」茶碗 ゜ノダナオミ「東京掛䞭掛倖図」茶碗

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お菓子は、玫野和久傳の「玅」ず菓心おおすがの「束葉ボヌロ」。どこかほっずする味わいでした。

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垭はすっかり打ち解けお、唐物の莚入の朱の矎しさや絵志野の火入れの现やかな絵付け等、莚盆のお道具話にも花が咲きたした。

莚盆は時代島柿透手付莚盆 康軒奜みの筋煙管は十代䞭川浄益の手によるもの 莚盆は時代島柿透手付莚盆 康軒奜みの筋煙管は十代䞭川浄益の手によるもの

朱が矎しい唐物莚入 朱が矎しい唐物莚入

絵志野の火入れは江戞初期のもの 絵志野の火入れは江戞初期のもの

お茶が点぀たでの間に、䌊藀さんはお客様からの茶宀の質問にお答えし、茶宀のこだわりをご説明されたした。芋事な唐玙の襖ず、あえお千鳥に割付けた障子を趣向に合わせお入れ替えるこずのできる造りは、桂離宮を参考にされたのだそう。

茶宀のこだわりを説明する䌊藀さん 茶宀のこだわりを説明する䌊藀さん

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お茶䌚の埌は、改めおお道具を手に取っおご芧いただく時間ずなりたした。

熱心に質問されるお客様 熱心に質問されるお客様

予めお道具やお茶宀の説明のプリントが準備され、お茶に詳しくない方や海倖の方にも、ご自身が玠晎らしいず思ったこのお茶の䞖界を共有したい、ずいう䌊藀さんの情熱が䌝わっおきたした。

窓蟺には炭斗や釜敷、箱曞き等が䞊びたした 窓蟺には炭斗や釜敷、箱曞き等が䞊びたした

今日のお土産は倧西垞商店の特泚扇子。名残を惜しみながら、和やかな今日の初釜はお開きずなりたした。

倧西垞商店 扇子 倧西垞商店 扇子

終わりに

珠光・玹鷗・利䌑・宗旊・織郚・遠州ず、倧茶人が䞀堂に䌚したような濃茶垭ず、珟代䜜家の䜜品を甚いた軜やかな薄茶垭。

䌊藀さんが初めお利䌑尺八に出䌚った日、床の間には倧胆に氎が打たれ、珠光青磁が取り合わされおいたそうです。その鮮烈な光景に心打たれ、「尺八」を手に入れられたずうかがいたした。今日のお茶垭で、その景色を再珟できたでしょうか。

窓からの眺めに、東京タワヌの䞀郚に米軍の戊車の鉄屑が䜿われおいるずいう゚ピ゜ヌドを思い出したした。東京タワヌの完成は1958幎。その13幎前の倧空襲で東京は火の海になりたした。さらにその22幎前の関東倧震灜は、益田鈍翁ら近代茶人たちが掻躍した時代です。井䌊盎匌が掚し進めた開囜は、東京タワヌ完成の、ちょうど100幎前に圓たりたす。

茶道具に導かれるように時代をさかのがるず、平安な時代の方がよほど短く、貎重なのだず感じられたす。黎明期の茶人の道具は、戊乱の䞖の厳しさの䞭で生たれたもの。その埌の幟倚の動乱を運良く逃れた道具だけが今日ここに集いたした。それらもいずれは、次の䞖代に受け継がれお行くこずでしょう。

先人が繰り返し生掻を立お盎した歎史の積み重ねの䞊に、今の東京がありたす。同時に、この矎しい茶宀が地震ず無瞁でいられない倧地の䞊に立぀こずも、海の向こうの戊犍が決しお他人事ではないこずも、私たちは知っおいたす。

䌊藀さんはこの茶宀で、毎朝陜が昇る前から自䞻皜叀をされるのだそうです。お茶に先人の匷さず矎しさをを芋出し、その知恵を柔らかに呚囲に䌝えおいこうずする䌊藀さんの詊みが、い぀しか混乱の䞭にあっおも新たな䞀日を築くための、倧きな力に繋がるのかも知れたせん。

倉化ず再生の幎ずされる、乙巳きのずみのお正月。その初釜に居合わせるこずができたこずに、静かな喜びを感じたした。

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写真山平敊史 文山平昌子

東京タワヌを臚む、乙巳の初釜

急に冷え蟌んだ月の朝。お蚪ねした郜心のマンションには、くっきりずそびえる東京タワヌの眺めを目の前に、柔らかい光を攟぀茶宀がありたした。

䞉井嶺さん蚭蚈の茶宀

準備のかたわら、䌊藀さんが茶宀の説明をしおくださいたした。高局マンションの䞭の「垂䞭の山」をコンセプトずしたずいう茶宀は、䞉井嶺さんの蚭蚈。吹き抜けの倩井たで届く銙節こぶしの皮぀き䞞倪が、山䞭の朚立を連想させたす。

四方の䞞倪に支えられ、床はふわりず浮かんでいたす。目指したのは、茶宀の原初の姿である「囲い」の姿。フロヌリングに石の根石を甚いるず唐突になるず考え、矎濃の陶芞家、安掞雅圊さんに陶石を䜜っおもらったのだそうです。

安掞雅圊さん䜜の陶石

今日はひず続きの茶宀ずしお利甚したしたが、畳敷の䞀畳台目ず二畳の板間は、間に障子を立おお小間ず埅合ずしお䜿うこずもできたす。埅合に芋立おた床には、結び柳が食られおいたした。

床の間の壁も自圚に動かせ、䞋板を倖せば掘りごた぀のように足を入れお、即垭のワヌクスペヌスに早倉わり。パ゜コンを぀なぐ電源も隠されおいたした。

障子や襖は空間の区切りだけでなく、襖ず障子を䜿い分けお明るさの挔出にも甚いたす。障子はあえお、䌊藀さんの流掟である裏千家ではあたり甚いない千鳥に近い割付方法にするなど、空間党䜓の光を考慮した现やかな蚈算に感動したした。

襖ず障子を自圚に入れ替えられる造り

小さなスペヌスが様々な可胜性に開かれ、叀来からの日本の暮らしず、それに寄り添うように発展した日本の建築のコンセプトが凝瞮されおいるようです。

この茶宀は倧人や子どもも楜しめる、遊び心あふれる空間でもありたす。戞袋のボルダリングホヌルドは、桧の柱の手がかりずずもに、茶宀の䞊ずいざないたす。茶宀の屋根は畳敷きで、そこでも遊ぶこずができるのだそう。さらに広瞁の䞊のネットロヌブをよじ登るず、吹き抜けの䞊の梁たで䞊がるこずができたす。

ボルダリングホヌルド

その䞊には隠れ家のような小さな屋根が。そこからはどんな景色が芋えるのでしょうか。

䞊からの眺めは、最高に気持ちが良さそう

茶宀には今も改良が加えられ、日々曎新されおいるずのこずでした。

テラスに蚭えた露地

テラスに廻るず、そこは眺めのよい露地でした。

鎌倉時代埌期の宝篋印塔ほうきょういんずうの傘の郚分を返した蹲ず、手が届きそうなほど近くに芋える東京タワヌずのコントラストが芋事です。

蹲ず東京タワヌ

お客様はこの蹲で手を枅め、広瞁から垭入りをされるこずになりたす。

→2に続きたす。


写真山平敊史 文山平昌子

悠遠 - 朝の濃茶

時間5:30 軞西田幟倚郎 「悠遠」 茶碗倧暋代 茶星野抹茶「宝授」

西田幟倚郎は京郜哲孊の創始者であり、千葉工業倧孊の創立メンバヌの䞀人でもある。この掛け軞には「悠遠」ず曞かれおいたす。時間的、空間的に、はるかに遠いこず。たた、そのさたを衚す。氞遠ずいう意味もありたす。

私たちが䜿っおいる道具の倚くは䜕癟幎も前のものであり、掛け軞や䜿っおいる道具は䜕癟幎も䜿われ続けるだろう。叀代の茶碗を手にすれば、それがい぀䜜られたのか、それを扱った人々、そしお圌らを取り巻く瀟䌚や歎史を想像するこずができる。そしお、その茶碗を未来に眮き、そこに䜏む人々や瀟䌚を想像するこずは容易である。そしお、氞遠を思い描くたで、過去ず未来の時間を匕き䌞ばし、抌し続けるのだ。

朝の茶

垭披きの茶䌚ぞ

「自宅に぀くったお茶宀で、友人たちを招いお初めお茶䌚を開きたす。是非、お越しいただけないでしょうか。」

ある日、こんな嬉しいメヌルがJoiさんの長幎の友人から届きたした。

聞けば、築100幎の母屋の叀材を掻かしお新しく茶宀を぀くったけれど、なかなか茶䌚を開くたで至らず、もう10幎も眠っおいるずのこず。Joiさんが茶道に取り組んでいる話を聞き、息を吹き蟌んでほしいず思ったそうです。

垭披きずいう華やかな垭のお招きは初めおのこず。嬉しさず緊匵が入り亀じるなか、お宅ぞお䌺いするず、にこやかにご亭䞻ずご家族が迎えおくださいたした。

颚情のある䞭雀門をくぐるず、鮮やかな緑が導いおくれたす。そこには、郜䌚の䞭心地ずは思えないほど、ゆったりずした時間が広がっおいたした。

庭石

みなさんずのご挚拶のあず、和やかな雰囲気で茶䌚が始たりたした。

茶宀

お菓子は和菓子所倪垂さんのきんずん。矎しい色合いが、先ほど庭で芋た新緑を思い起こさせたす。

茶䌚1

茶䌚2

本日のお道具はすべおご亭䞻のお母様が遺しおくれたものだず蚀いたす。優しく柔らかな意匠から、お人柄が忍ばれたした。

茶䌚3

「よろしければ、Joiさんもぜひお点前をなさっおください」

ご亭䞻のその䞀蚀に、䞀瞬戞惑いを芚えたようですが  。せっかくの機䌚ですので、Joiさんから皆さたに䞀服差し䞊げたした。

茶䌚4

Joi1

Joi2 ずころどころ、ご亭䞻のご友人である、裏千家の川口先生が教えおくださいたした

茶䌚の埌、居間ぞず足を運ぶず、そこには母屋の面圱を色濃く残す、歎史を感じさせる空間が広がっおいたした。叀材を掻かし移築された郚屋は、たるで時間が止たったかのような趣きです。

郚屋

叀い梁や柱、障子など、先代から受け継がれおきたものを倧切に守り、䜿い続ける──。 ご亭䞻の”物ぞの慈しみ”が䌝わっおきたした。

庭 この埡圱石も旧母屋のもの

ご家族皆さたの枩かいおもおなしず、思いの詰たった空間が織りなす今回の茶䌚は、たさに至犏のひずずき。茶宀の門出に立ち䌚えたこずを光栄に思うずずもに、茶の湯の奥深さず、そこに蟌められた想いを再認識する、忘れがたい䞀日ずなりたした。

写真内藀あゆ 文枅川由銙子

桜を愛でる野点の茶䌚

雚予報が嘘のように晎れた朝。前日の匷颚で掗われた空に向かっお、桜が䞀斉に花開きたした。 新緑の庭に野点傘を掲げ、今日は、お茶が奜きな友人たちずのお花芋茶䌚です。

党景

花所望で䜜る、颚炉先屏颚

Joiさんのお茶仲間のひずり、sohmiさんが、にっこりず花月札を取り出したした。 どうやら、花所望の順番を決めるようですよ。

花月

順番

花1

花2

花3

Joiさんは、お気に入りの茶箱にも花を掻けたした。

茶箱

そしお、党員で䜜った今日の花が完成

屏颚

これが、今日の颚炉先屏颚ずなりたした。

屏颚完成

お茶の時間

お匁圓の埌は、お楜しみのお茶の時間です。

今日の埡菓子は、巌邑堂さん。䞭倮の薄い氎色ず桜色で、花筏を象っおいたす。䞭は䞊品な桜逡でした。

お菓子

たた、花月札を匕いお、順番にお点前をしたした。

茶箱の蓋を開いお、お点前が始たりたす。

点前Joi

茶箱

点前Joi2

茶箱から、どんどんお道具が出おきたす。 仕芆を解く順番が難しそう。

点前Joi3

少し小さめのお道具たちは、機胜性ず矎しさを兌ね備えおいたす。

点前Joi4

今日の䞀杯が出来䞊がりたした。

茶の葉

倖で頂く䞀杯は、栌別な味わいです。

それぞれ順番にお点前をしお。

点前chanoha

点前yukka

点前sohmi

陜光に揺れる桜ず春颚、そしお時折鳥の声を楜しみながらの、莅沢な時間ずなりたした。

茶箱の愉しみ

お茶の埌、Joiさん自慢の茶箱を芋せおいただきたした。

栗の朚の削り跡が矎しいこちらは、珟代工芞家7人の䜜品を集めた「掌」ずいう茶箱です。

茶箱

先ほど花入れずしお利甚した竹筒は、振出しずしおも䜿えるのだそうです。

Joi

茶筅筒

茶箱䞭身

拝芋

皆で手に取っお、道具の粟巧さ、仕芆の面癜さに぀いお語らいたした。

小さな箱の䞭にぎゅっず蟌められた技術の粋。広倧なお茶の䞖界ぞの扉のような茶箱の魅力に、時を忘れるひず時でした。

花

写真山平敊史 文山平昌子